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「CUM LAUDE」 (Mitte)

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ペルガモンに旧博物館のある世界遺産の博物館島、ベルリン大聖堂に国立オペラ座。
たくさんの肌の色でひしめきあう観光船を送っては迎える運河を超えると、レトロなベルリンのトレードマーク、テレビ塔がそびえたつ。

ブランデンブルグ門から仰々しくつらぬく大通り、「ウンターデンリンデン(=菩提樹の下)」通り界隈は、ベルリン観光でははずせないスポットが目白押しである。「舞姫」にも登場するこの有名なウンターデンリンデン通りは、かつては貴族の狩猟場の、今は市民公園として残るティアーガルテンへ向かう貴族達の乗馬道、つまりはただの田舎道だった。現在は様変わりして、土産物屋やレストラン、カフェが立ち並び、絶え間なく世界中から訪れる観光客を軽々と吸い込んでしまう程である。

そんな観光客専用地区とでも呼べそうなベルリンの真中に、地元民に混じってローカルな雰囲気を味わえるとっておきのカフェがある。その名も「Cum Laude」。これはラテン語で博士試験時の成績をあらわす「良の成績で」の意。6段階評価の3番目にあたるので(4番目までが合格)、何とか無難に及第点という感じだろか。

名前が示唆しているように、これはフンボルト大学内にあるカフェテリア。しかし、対極に位置するボリュームだけはまかしてくださいというスタンダードな学生食堂ではない。かつては教授専用の食堂であったもので、セルフサービスではないし、クオリティーも普通のカフェやレストランと同等である。現在も教授やその家族や(こどもたちもふくめ)、その恋人、友人、大学関係者の常連に愛されながら、公のカフェ・バー兼レストランとしてリニューアルオープンされて久しいのだ。

もともとは教授用だけあって、味も雰囲気もなかなかのもので、サービスも比較的早く、安い。メインホールでカフェだけを頼んでももちろんよいが、モノトーンの落ち着いたカフェ・バーのコーナーもある。たしか2年ほど前だったか、ベルリンのある情報誌の昼食部門で「TOP10」に選ばれたことがあったほどの定評。
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大学の正面に看板がでているはずもなく、この奥に一般向けの普通のカフェ・レストランがあるとは想像できないし、裏手の入り口は建物の脇のかなり後方にちいさなドアがあるだけなので知らなければ気がつくチャンスさえほとんどない。

学食の延長であるから基本的には砕けた雰囲気なのだが、場所が場所だけに客層がかなり限定されていて、これ見よがしではない(これ見よがしにする必要がないというべきか)心地よいインテリの空気が漂う。しかし何がしの者に対しても排他的ではない。ここは全ての人に平等に開かれている(べき)教育の最高機関、大学なのだ。自分の陣地で緊張感をゆるめた彼らのとめどない、しかし決して声高ではないおしゃべりを静かなBGMに、カフェをゆっくり味わえる。

ノーベル賞を受賞したアインシュタインは、当時の世界では研究の最先端にあったこのフンボルト大学にたどりついた一人である。2005年は彼が後世に残る偉大な発見の数々をして「奇跡の年」とよばれる年から100年目ということで、ドイツでは「アインシュタイン年」と銘打っていろいろな催しものが各地で行なわれ、今も街には彼の影が見え隠れする。ベルリンの街を歩けば、子供のいたずらのように突如として建物にかかった垂れ幕や、路上の印刷に彼の残した数々の名言が飛び込んでくるのだ。こんなとこにあっても誰も気付かないだろうに、と思うのだがきっと同じようにこっそり気付いている人がたくさんいるに違いない。

大学にもこのように(さて、おわかりだろうか)アインシュタインの言葉が掲げてある。
「私にはこれといった才能があるわけではない。ただ情熱的に好奇心が強いだけなのだ。」

5歳まで言葉も話さず知能の遅れを懸念されたとか、大人になってもスペルの間違いが多く、かの有名な舌を出している写真は学生にスペルの間違いを指摘されて茶目っ気で答えたものとか、音楽を愛したバイオリニストではあったが、調子が外れていたこともままあったとか、彼にまつわる逸話はとても楽しい。

一般的にこどもは2歳前後から会話らしきものをはじめるのが定説であり、高等教育を受けて大学で教鞭に立つごとき人間が母国語のスペルをよく間違うとは恐らく考えることのできない挙動(快挙)であり、まわりの人にとって調子はずれの(そうだったとして)下手なバイオリンを聞かされるほど迷惑極まりないことはなかっただろう。

しかし、彼は気さくでユーモアのある人であったし、ノーベル賞受賞者であり、今は亡き人である。現在では、彼が5歳まで言葉を発さなかったおかげで、ものごとを統括的に考える力を人一倍はぐくむことが出来たと評価する向きもあり、信じられない間違いを指摘した輩を一喝するために出した舌の写真が人気の絵葉書として世界を駆け巡り、下手の横好きでも(そうだったと仮定して)音楽がいかに人の独創性や情操や社交などに一役買うか、皆もが考えさせられることになった。

今に残る記録をいくらか見る限り、彼は生まれたときからずっと同じ彼でありつづける努力をした稀有な人であるのはうかがわれるが、その一貫性がまわりの人間の考え方を一貫させなかったという点が興味深い。正確には通説を変えざるを得なかったというべきだろうか。しかし、それ以前に彼の憎めない人としての愛らしさや、がんこであったといわれる人間的な姿が人の共感を呼んだのであろう。もちろん彼の地道な努力と、まじめな姿勢、業績と名声もあってのことだが、彼の死後もこうしてひとびとの心のなかにそれぞれの「アインシュタイン」像を作り上げることになっているとは、彼は本当に偉大である。
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大学の正面玄関から中にはいり、目前にある階段の左にある中庭につづく扉をぬけ、中庭にそって左側の一番奥にある扉をあける。その扉を開けて右に「Cum Laude」につづく扉がある。ちなみに、左の扉を開けるとセルフサービスの正真正銘の学生食堂。方々に散らばるキャンパスとタイトな時間割のおかげでかなり短くなった休憩時間を気にしながら、お盆を持った学生がならんでいる。

極端に具の少ない大盛りのパスタを食欲に任せていそいそとかきこみ、カフェよりもアップル・ショーレ(リンゴジュースを炭酸水で割ったもの)でのどをうるおす姿がチープなインテリア(と呼べるかどうかもさだかではない)とマッチしている。そういう点では日本の学食と全く同じでとても懐かしい。一方、その反対側の扉の向こう、こちら「Cum Laude」では、比較的優雅な世界が広がり、ジュースよりカフェが優勢。加えて、たいていのメニューには新鮮な生野菜がたっぷりついてくる。

ドアをはさんで向かい合う二つの世界には大きな隔たりがあるが、教授の学食は一般にも開かれることとなり、一般と学割の二つの料金設定がある。また顧客獲得のためのサービスか、翌日の定食リストが毎日メイルで送られてくる。安かろう悪かろうであったはずのお隣の学生食堂にも、時代の流れをくんでかヘルシー志向のために格安の「ビオ(オーガニックな)メニュー」がお目見えしている。

向かい合う両側の扉が完全に開かれることはないだろが、実のところそれを望んでもいない。正確にはそれぞれの持ち味を残しつつ、誰にでも開かれた場所であり続けて欲しいと願うばかりである。

「Cum Laude」
Universitaetsstrasse 4
(U)(S)Friedrichstrasse
Tel. 030-208 28 83
Open Mon-Fri 8:30-23:30, Sat 12:00-23:30, Sun 11:00-21:00
by sommergarten | 2006-01-15 20:46 | cafe
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