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Cafezeit

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不思議な体験をした。

絵画に対する苦手意識を克服しようと作戦を練って、絵を観にいく旅にでかけた。多少の予習をし、ある日の数時間集中して観てまわり、それからの2、3日は夜になるとその絵を勉強した。とはいえ、もともとの素養もなし、付け焼刃の知識ではあったのだ。どこかの場所や、たとえばある人のことであれば、そのようなこと、つまり、それくらい短期集中して深く見聞きしたり考えることなどは過去にあったが、絵画、それも古典絵画の傑作の数々がその対象であったのは初めてだった。そのせいでこともあろうに私は3日ほどよく眠れず、うなされてしまった。ある日の夢では、ルーベンスの宗教画の中に入って、最後の審判を受けて天高く上っていったり、また別の朝方は500年も前の肖像画の巨匠に見つめられて動けなくなってしまった。

絵や絵の背景に関して聞きかじるにつれて、絵があらわしている画家の人生と絵の、切っても切り離せない関係性が見えてきて、胸が詰まってくる(これを感動と呼ぶのかもしれないが)と同時に、歴史的傑作といわれる絵画にはそれだけ人の魂がこもっているということを実感した。それは、人ごみの中で人あたりをおこしたりするのとまったく同じで、私はすっかり飽和状態で「絵あたり」をおこしてしまっていた。絵画鑑賞などいままでした事がなく、免疫がまったくなかったということもあるだろう。

しかし、まもなく不意に絵から離れることとなってすぐに精神の安定は取り戻せた。生きているもの以外から、言ってしまえばただのキャンバスと絵の具という物質から、こんなエネルギーがでていて、これだけ人を消耗させ得るという事実を実体験を通して初めて知った。

ここ数ヶ月は気分的に落ち着かず、カフェといってもたいていは無味乾燥な、つまりスターバックスのようなカフェにしか足が向かなかったのだが、久しぶりに本来のカフェにという気分になりふらりと入ったのがここ。初めての店で、何とはなしに見まわして、なんとなく圧迫感を感じて背後に目をやると、なんと先日「お勉強」したばかりの絵画、ルーカスクラナッハのアダムとエヴァのレプリカが掛かっているではないか。シンクロニシティーは昔からよくある体質なのだが、このような偶然にはいまだに慣れない。ただ呆然として、あらためて絵画の力に恐れ入ったという次第。

アダムとエヴァが食べた禁断の果実。それは知恵の実。裸であることが恥ずかしいということを知り、無花果(いちじく)の葉をまとうようになる。しかし罪なき無垢よりも、罪ある愚者のほうがずっと面白いし、楽しいし、深みがあると思う。裸よりも、いちじくの葉の姿のほうが素敵だ。人は、禁断の果実をたべずにはいられない生き物だし、食べたあとの罪を無様に背負ってでも、ひとつでも多くのことを知り、学ばずにはいられないものだと思う。それが、人が真に生きている証だと思う。
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by sommergarten | 2008-02-04 04:46 | cafe
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