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2006年 01月 31日 ( 1 )

「GAGARIN」 (Prenzlauer Berg)

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「地球は青かった」

この言葉、一度は耳にしたことがあるのではないだろうか。
世界初の宇宙飛行で、大気圏外から眺めた地球の印象を語った有名な言葉。
ではだれの言葉かということになると、答えられる人はどれくらいいるだろう。
かくいう私も、このカフェに偶然入るまでは知らなかった。
このカフェは、彼の名前に由来しているのだ。

その名は「ガガーリン」。
正確には、ユリ ガガーリン。
人類としてはじめて宇宙飛行を成し遂げたソビエト連邦の宇宙飛行士。
身長、157、5cm。

集団農場で働く両親を持つ、4人兄弟のうちの3番目だった。
貧しい労働者階級出身の彼が、大勢の候補者をさしおいて選ばれたのは、エリートでない分命令に従順である上、とても人なつこい性格だったことがあげられている。また、その生い立ちと立身出世がロシアのプロパガンダとして効果的であったからだともいわれているが、その身体的特徴が小さなコックピットに好都合だったという説も有力だ。

確かに愛想がよくて体の小さいロシア男というのは希少価値がある。もちろん彼はトレーニング中の成績においても優秀であったが、選考時には成功した暁にロシアのプロパガンダとなるにふさわしい人ということに重点が置かれていたようだ。

彼の二人の兄弟は第二次世界大戦中、ナチによりドイツにさらわれている。
ヒトラーは国粋主義を唱えゲルマン民族の優秀性を容姿の上でも主張していたが、反面、金髪の北欧系人種に対してはコンプレックスや憧れをいだいていた。そのため彼はその親衛隊に美少年少女(こども)を東欧やロシアなどから連れ去るよう当時命じていた。そしてそれらのこどもたちは「完全な」ドイツ人として育てられていたという歴史があった。たとえばポーランドから連れ去られたこどもの数は20万人に上るといわれ、そのうち帰国したのはたった1万人ほどだという(「ナチス追求 ドイツの戦後」望田幸男著から)。
ユリはのがれたが、兄弟がさらわれたことを考えると、その悲劇から皮肉にも彼の容姿が端麗であったことはうかがい知れる。

ガガーリンが宇宙飛行を成功させたのは1961年の春。

彼のさわやかな笑顔は、ロシアの偉業を世界に広め、その日を境に彼は世界の一流セレブの仲間入りをした。彼は持ち前の明るい性格でマスコミなどともうまく渡り合っていたが、半年後には超多忙な日々の連続に過労とストレスでダウン。ひそかに深酒もすすんでいた。しかし、その翌年には日本を含む世界28カ国を訪れ、世界のヒーローぶりを発揮、ロシアのプロパガンダとしての任務をしっかり果たし得た。ただ質問が専門的なことに及ぶと答えられなかったりしたことから、替え玉説が飛び交ったりすることがあったようだ。

ガガーリンは妻とこどもを大切にするよき父でもあった。
家族は彼から授けられた特権階級の美を感受し、幸せだったし、彼は愛するこどもたちには最新のおもちゃを買い与えつづけた。数年後、変わらず幸せな家族の絵の中で、しかし彼はこう言った。

「宇宙飛行士であることは私の職業である。しかし、その職業を選んだのは、たった一度きりの飛行を成功させるためではない」

彼はまた飛びたかったのだ。それとも飛びたくなったのか。
それは、ちょうど彼のセレブとしての生活に影がさし始めていた頃であった。
これはもはやヒーローの叫びではなく、一人の人間の切実な願いだったのかもしれない。

しかし、皮肉なことに飛行訓練をはじめた翌年の1968年、テスト飛行中に飛行機が墜落し彼は無念にも謎の死を遂げる。
たった34年の、決して長くはない、しかし力強い命であった。
世界は突然の知らせに衝撃を受け、なぜ、どうしてとつづく。
このときも諸説が世界中を駆け巡った。

数々の憶測の中で有力なものの一つが酒帯だったという説。
しかし、これは2005年、つまり去年になって信憑性がないことが証明されたということになっているようである。ロシアの報道によると、突然の操縦トラブルにより飛行の自由が利かなくなり墜落は免れなかったが、彼が脱出を全く試みないで最後まで機内に残ったのは近くに学校があったからであった。われらがロシアのヒーロー、ガガーリンはこどもたちの命を救うために、自分の命を顧みず最後まで操縦室に残って、学校に激突するのを避けた、ということになっている。

彼は現代の科学技術の進歩を証明した当時の世界のヒーローであった。
ロシアにとっては永遠のヒーローだ。

そして、何もかも本当のことはすべて、空に消えた彼だけが知っている...
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カフェ「ガガーリン」のメニューのはじめにはこんな但し書きがある(以下一部抜粋)。

「このカフェの名前は、ロシアが生んだ世界初の宇宙飛行士の名前からとりました。
世界に羽ばたいていった彼が子供時代につちかったソビエトのイデオロギーと思考がドイツに入ってきたこの場所で、社会主義的、伝統的なサービス文化を提供いたします…

まず、この店に入ったら大きな声ではっきりと挨拶してください。
店員も人間ですから、入ってきたことがこれではっきり理解できます。
しかし、返事は期待しないで下さい。静かに安全な席について、誰かが気付いて注文をとりにくるまでじっと待っていてください。注文するときは、どもったり余計な質問をしないで、はきはきと行なってください。

注文したものは絶対に来ますので、時間がかかっても心配しないことです。
ここは、アメリカのファーストフードのチェーン店ではありません。
ここは「ガガーリン」であって「アームストロング」ではないのです。
でもあなた方は、そんなことは知らないでしょう。
ピサの学力テスト(注:世界共通学習能力到達テスト)が明らかに物語っています。
しかし、ロシアのことわざに「人は学ぶことをあきらめてはならない」というものがあります。

給仕は先ずはじめに近所の37歳以下の人から優先的にされます。
彼らには10%の割引という得点もあります。
次はベルリン市民です。もし勇気があるなら値段交渉は可能です。
ただし、最後に給仕される観光客からは10%の超過料金を頂きます。

観光客への注意点;
ロシアのことわざに「旅する人は自分の持っているものをほかの人と分け合うべし」というものがあります。カメラ、ビデオなどを友好の印として頂くことがあります。

苦情につきましては書面にてロシア大使館にお送りください。
もしくは個人的に私共のところに受付時間内に来てください。受付は毎週日曜日の18時から18時10分までですが、万一遅れた場合には厳しく処罰されます。」

<追記>
実際のサービスはまったくもってドイツの標準で、遅いわけでもなく、大きな声で挨拶しなくても気付いてもらえる。たとえ旅行者でもカメラを没収されることはない、おそらく。
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GAGARIN
KNAACKSTRASSE 22/24
10405 BERLIN
TEL 030 4428807
(U)EBERSWALDERSTRASSE
by sommergarten | 2006-01-31 11:39 | cafe