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<街角ブレイク> ベルリン人度 リトマス試験紙

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この写真を見て、ゴクリと生唾を飲み込んだあなた。
あなたは、すでに立派なベルリン人です。

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ベルリンで一番愛されている食べ物、とは言えずとも、少なくともベルリンで一番多くの人に食されている庶民の味。B級グルメ、あるいは、貧乏な市民の救世主といおうか、それとも、安くて手っ取り早く満腹にしてくれる、燃費のいい経済食というところか。このベルリンの名物「カレーソーセージ」のスタンドは、犬も歩けば棒にあたる、ほどに、カフェと同様、街の至るところに、星の数ほど散らばっている。

決して美しくなく、そして大味である。よほど(無知の客を当て込んだ)観光客向けのレストランでもない限り、レストランのメニューにはなく、スタンドで買って、その場で食べる。労働者階級の食べ物といわれているが、そのここでの特権階級の王座はいまだ健在としても、裾野もだいぶ広がってきているようである。政治家もそれぞれごひいきのスタンドがあるといい、どこがベルリンのトップ10だとかという話題は、メディアがとりあげることも少なくなく、そのたび人は一喜一憂し、賛成し、反対し、無関心を装い、この話題を嫌がる人がいて、全く知らない人もいる。ある意味で、お金のかからない庶民の娯楽ともいえよう。

ふきっさらしのスタンドで、ハトやすずめに狙われながら、どこを見ることなく視線を中に浮かせ、知らない人と肩を並べて背中を丸めてこれを食するとき、ベルリンに生きているのだ、という実感がわく。冬は、粉雪がかすかに舞うスタンドで白い息を吐きながら、春は街路樹の緑と、道行く人の軽い足取りに心を軽くして、夏は、元気な太陽に目を細めて汗をかきながら、外のスタンドで、さっと、立って食べる。

「カレーソーセージ」は戦後に誰かが編み出して、ベルリンとハンブルグに広まったという説があるが、その発祥はなぞに包まれたまま。それがまた、それぞれの持論展開につながったりしてなかなか話題性がある。この、食事ともいえないドイツのスナックは、近づけば近づくほど、それ故、ただの(ドイツではおいしいソーセージがたくさんあるのにもかかわらず、あまりおいしくない部類の)ソーセージ、というわけではなくなってくる。ある食品関連会社が、その根強い人気に目をつけて、家庭で楽しめるように量販店での発売を手がけたことがあったようだが、成功しなかったらしい。あくまでも、小銭を払って、その地域、地域に根付いたほとんど代わり映えしないように見えて実は微妙に違う味を、即その場で立って楽しむ、それがまた一つの味になっている。白い割烹着を着たおばちゃんがいて、付け合せのパンを出すときのパンかごに紐がついていて、客はパンだけを素手でとる、そういう世界である。それだけのことであっても、格好がよく、不自由がなく、物が氾濫している、現代社会の大きな側面とは無縁な(を装ってか)、頑ななところがかえって心を和ませるのだ。

生まれて初めてベルリンの地を踏んで、何も知らずしてカレーソーセージなるものを口にしたときは、「これは、何かの間違いでは」と思ったくらい、おいしさを見出せなかった。不思議なことであった。というのも、たいていの店やレストランが空いていることの多いドイツで、そのスタンドの前では、このソーセージごときで、寒い冬空の下、列を成していたのである。

そこはオペラ座の近くでもあり、観光シーズンではなかったため、わりと裕福な様相のドイツ人の中年夫婦が多かった。その様子は、お母さんに「いってはいけませんよ」といわれている縁日にこっそりでかけて楽しんでいる子供のように、どの顔も明るかった。その味自体というよりも、屋台の楽しさもあるのかもしれない。ほとんど感じられないほどの微量だが、かかっているカレーパウダーのエキゾチックな味が、なにかわくわくした気持ちをドイツ人にもたらしてくれるということもあるのかもしれない。

日本人にとってはカレーはもう日常の味となっているものだが、ドイツでは今でも異文化の味だ。ヨーロッパ人はかつて、生死をかけて遥かなるシルクロードをたどり、行った先では手持ちの財宝を二足三文で手放しこれら東洋のスパイスを手に入れて喜んで帰ってきたのである。東洋のスパイスは、ヨーロッパ人にとっては、夢やロマンが凝縮されているような気がするし、それはドイツ人に限っていえば、今もあまり変わらないように感じる。ところで余談だが、「シルクロード」の名づけ親はドイツ人であった。ドイツ語の「Seidenstraße」が、世界中に翻訳され広まったもので、南ドイツの「ロマンチック街道」にしろ、実はセンチメンタルなドイツ人ならではの、旅情をかきたてるネーミングである。

努力して好きになったわけではない。しかし、いつの間にかベルリンでの年月が、カレーソーセージとの仲をとりもってくれたようで、幸か不幸か、このあまり健康的でない高カロリーの食事を週一回はしている。そうなってくると、確かに癖になる味なのだ。

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写真は、古くからある有名なカレーソーセージのスタンドにて。さて、これがどこか分かったあなた。あなたには、カレーソーセージのファンクラブへの加入を果たし、さらにステップアップされることをお勧めします(これがまたたくさんあるらしい)。

カレーソーセージを食べたこともなければ、見たこともない方は、ライフログで紹介している「カレーソーセージをめぐるレーナの物語」をぜひご賞味ください。
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by sommergarten | 2007-05-25 17:58 | cafe

気まま・ベルリン百景 (七)

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ちょっと失礼。少々脈の乱れがみられるようですが。
...
背中に加わる物理的な重みに加え、プシュケの美しさが原因のようでございます。
...

旧ナショナルギャラリーのエントランスの石像に、さりげなく設置された脈拍測定器。全く何も、どこにも、但し書きがない。受付で尋ねてみると、これは湿気などを測定して、保存の状態を把握するための装置ということであった。まぎらわしいというか、気が利いているというか。

案外誰も気づかずに素通りしていく中、こっそりいたずらをしかけた共犯者のような気分で眺めていると、「ちょっと窮屈なのだが」とメルクリウスが今にも動き出しそうな錯覚に襲われる。
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by sommergarten | 2007-05-24 07:43 | 街角ブレイク

Lois (Mitte)

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ドイツでは珍しい、日本の梅雨のような重たい雨がふる毎日。春がきたというのに、まったく肌寒く、暗い。仕事もたいして助けにならず、気持ちがくさくさしてしまう。「何もかも」が憂鬱になってしまう前に、いつもより少しだけ足を伸ばして、あえて雨の中を長めに歩いていく。たったひとつか、ふたつの問題の輪郭がぼやけて、大きな全体にならないように気をつけて。

そんな午後、珍しく太陽が気まぐれに顔をのぞかせたと思ったら、ただでさえ小さなカフェの、数少ない外の席はすぐに埋まってしまった。雨の日特有のむっとした空気が流れ出て、店内は清涼な空間。人気のない店内のBGMのボリュームが増し、今とばかりに店主はハサミを片手に、各テーブルをまわる。芍薬(しゃくやく)の茎先を切り落としながら、「パルドン」。自分自身に、あるいはこの夏の華に言い聞かせるように、「こうすると長持ちするからね」。

Milchkaffeeは1.8ユーロとかなり手ごろな値段。メニューとともに、まず一杯の水がでる。ハッケーシャーマルクトの裏手、人通りの少ない路地に面した小さなコンクリートの砦、Lois。少々不便なようで、使い勝手のよい路面電車、M1の停留所から歩けば5分、の意外に悪くない立地。デザイナーのオフィスなどがまばらに点在している地域柄か、「zum mit nehmen (お持ち帰り)」も可能。サンドイッチなどの軽食も充実している。味気ない観光客主体のお店ばかりが主張しているこのあたりで、控えめながら、丁寧な営みを感じさせる。ベルリン流行の発信地ともいわれているこのエリア、ここで生息する人々のファッションも密かな楽しみ。気の利いた隠れ家。
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by sommergarten | 2007-05-17 04:32 | cafe