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Blue hour

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こともあろうに、ここがAlexで一番好きな眺めである。
そしてそこに、とうとう今年初のクリスマスマーケットを発見。
ちょっと遅めの仕事の昼休み、師走に背中を押し上げられるような気分で、階段を駆け上がった。

売っているものがどうという以上に、実は空いているから好きなここのデパート、ガレリア・カウホフも、恒例のクリスマスショッピングの買い物客でいつになくごった返していた。

この時期、たいていちょっとした気の利いた小物を買うと、レジの人に、「これはいいプレゼントを見つけたわね、喜ばれるわよ」といわれる。自分用に買っても、生鮮食品以外はプレゼントとみなされてしまうのだ。

ドイツ人の財布の紐が緩みっぱなしのクリスマスまでの一ヶ月は、一年で一番品揃えが豊富になる時期でもある。家族や親戚や知人や恋人や友達へのクリスマスプレゼントを狂ったように買い揃えるドイツ人をよそに、こちらは外国人であることを良いことに、いそいそと普段お目にかかれない手ごろな値段の生活用品や、おしゃれな日用雑貨を見つけては、自分用にと買っている。

アドヴェンツクランツ用に、気に入った深紅のろうそく4本はなくなる前に手に入れた。
後は、品薄になる前にクリスマスカードを何枚か選んでもみの木を買えば、外国人の無宗教の、つまりわれわれのクリスマスの準備は万端である。

アレックスの、ここの出口の、特にこのBlue hourが好きである。
クリスマスマーケットが建ち並び、にぎやかな黄色い電球がいくつ灯っても、なぜか涼しげに見える。広大というのではない、ただ、だだっ広く、無機質で人工的で、なにもかもがコンクリートと鉄筋の織り成す直線で構成されている。そんな空間が編み出すよそよそしさが新鮮である。そしてそんな場所に降り立つと、かえって人恋しく、切ない、つまりは人間的な感情がわきあがってくる。
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by sommergarten | 2007-11-30 07:34 | Daily life

夜更けのコーヒー

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うすかったので、ちょうどよかった。
それでも胸が波打ったのは、疲れやカフェインのせいではなく、
たぶん、ひさびさに我が家へ帰るうれしさ故のはず。

悪いことのなかにも、よいことがあり、
一見よくみえることのなかにも、そうでないことが内包されている。
それをどう引き出すか引き出さないか、それは自分次第であり、人次第。
そう思いたいのだが、思い切れない時もある。

人の幸せはお天気次第、というのは、いろいろな意味で的を得ているなと思う昨日今日。
このところ続いている灰色の空に、人の心まで不明瞭になってきている、ということもある。
そろそろ、ひさびさにお天道様を拝みたいものだが、
気がつくと街はクリスマスデコレーション一色になって、キラキラぴかぴかしている。
これでは、たとえ太陽がそっとその柔らかな光を出したとしても、誰も気づかないだろう。

ドイツ語やイタリア語には英語と違って名詞に女性名詞だとか、男性名詞だとかあるのだが
イタリアでは「太陽」は男性名詞なのに、ドイツ語では女性名詞なのが気になっていた。
単純に、太陽=男性ではないか、と感じていた。

しかし、ドイツに来て、冬の柔らかな太陽の光と、夏の美しくてまぶしい、賞賛の的となる太陽を体験して、それが女性名詞であるのが実感として納得できたものだ。それから、SEEという単語。これにDERがつき、男性名詞となると「湖」、DIEがついて女性名詞になると「海」。このことは思い出すだけで、なんとなく心が大きくなったような気がするから、ことばというものはとても不思議。
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by sommergarten | 2007-11-21 04:49 | Daily life

Pappa e Ciccia

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辞書を引いてみると、「Pappa」は幼児語の「まんま」、 Cicciaも「幼児語でお肉」とある。
かつてイタリアに住んでいた夫いわく、「じゃあ、Pappa e Cicciaで 『もぐもぐパクパク』って感じじゃない」。
イタリアン・モダンに、ベルリンのベーシックと透明感のある空気を掛け合わせたような大人の空間は、『もぐもぐパクパク』とはどうしてもむすびつかない。しかし、ここにイタリアの茶目っ気がさりげなく演出されているような気もする。

かつて、まだ学生だった頃、イタリア人と住宅街の美しい並木道を歩いていたときにこんなことがあった。たっぷりと繁った葉を身にまとった端正な一本の大木の先端に、ス-パーのビニール袋が引っかかっていた。どこからか風で飛んできたのであろうか。思わず立ち止まり、明らかに景観を壊しているその色気のない姿に幻滅しながら見上げていた。もしかすると眉間にしわの一本でも寄っていたかもしれない。しばらくすると隣のイタリア人も気がついて立ち止まり、そして、愉快そうにつぶやいた。「今日は、ことりさんもスーパーで買い物したのかしらね」。私は彼女の思考回路に脱帽したものだ。これが、イタリア人の血であるのかと。

ローマでは、とある世界的に有名なファーストフード店、かりにMとするが、そのMで働くスタッフが一致団結して、「私たちは、ファーストに給仕したくない」とストライキを起こした、そんなお国柄だ。失業率が高くても、仕事があるだけでありがたいなんて考えはさらさらなく、あくまでもマイペースで、楽しく生きることに価値を見出す人種。先行き不透明な世の中、刹那的ともいえるほど、今を大切にする彼らからは学ぶべきことも多い。したがって、きちんと計画をたてて、律儀にそれを遂行し、できるだけ安定した生活を送ろうとするドイツ人の非日常の旅先として一番人気が高い国でもある。
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さて、ことりが対になったこのお店のロゴマークからすると、『ぴーちく(まんま)、ぱーちく(まんま)』(と、ことりたちがささやきあう様子)とも呼べそうなこのイタリアン・カフェでは、しかしちゃんとした大人のイタリアンの食事も取れる。本国イタリアだと、レストランはレストラン、ピザ屋はピザ屋、カフェはカフェ、バールとしっかり用途別にわかれているので、カフェとしても、軽食用にも、ちゃんとしたレストランとしても使えるこの店は融通が利いて非常に重宝している。というわけで、今年の夏から重宝しているお店の一つ。

朝とお昼はそれぞれに日替わりメニューが張り出され、セルフサービス。ショーケースの中にはサンドイッチやデザートも充実している。セルフサービスといっても通常のとは少し違う。まずレジでお金を払って名前を告げ、飲み物はその場で受け取り、パンとオリーブ、ナイフとフォークなどは自分で好きなようにパンかごに盛って席に着き、名前が呼ばれたら取りに行く、食堂形式。夜には夜のメニューリストがあり、セルフサービスでなくなる分、値段も高くなる。かなり合理的なシステムである。

午前の早い時間でなければ、席もほとんどが埋まっている。足場が悪い割には人が途切れることのない人気物。夏は涼しげに見えた店内が、暗い冬に寒々しく見えることがないのは、集まる人肌の加減だろうか。この頃は、冬に向けてすっかり少なくなってきた太陽の光を、白い内装がしっかり受け止め倍増して、店内を明るく照らしているくらいだ。雪の日には、すっかり溶け込んでしまいそう。なつかしい、あのかまくらのようなあたたかさで包んでくれるかもしれない。
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by sommergarten | 2007-11-06 17:08 | cafe

ただいま、ベルリン。

日本へ帰省しておりまして、ただいま戻りました。
汗ばむほどの陽気だった日本とはうってかわって、ドイツはすっかり冬支度ですが、皆様いかがお過ごしでしたでしょうか。

今回の日本滞在は、とても忙しかったのですが、今までになく非常に充実したものとなりました。家族や友人の努力のおかげで、毎日がお祭りのような楽しい日々でした。そして、そのためにかえって、自分の居場所はすでにベルリンにあるということを強く感じました。

いつになく冷静に物事を観察している自分がいる反面、突然胸にぐっとくるようなことが多かった3週間。胸が締め付けられるくらいの愛情や、哀愁や、時の流れを実感したり、感謝の気持ちに胸がいっぱいになったり。そして、この外観も、ただのものといってしまえばそれまでなのですが、あふれかえる物に慣れきってしまって感動中枢が麻痺しかけた滞在の後半に見かけたにもかかわらず、非常に強い存在感を持ってぐっと胸に迫ってきたもののひとつ。とある東京の純喫茶。

中にはいってカフェを堪能する時間はなかったのですが、よそ見や寄り道ばかりしていたらいつまでたっても前へ進めませんからね、お使いにしても、お散歩にしても、人生にしても。なにかのご縁だと思って、それでも外観の写真だけ撮りました。

ただいまのご報告がてら、絵葉書代わりにお送りします。
では、またのちほど。
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by sommergarten | 2007-11-05 12:13 | ごあいさつ