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Djabanaにてドイツのカフェを考察す

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パリのカフェや、日本の喫茶店、イタリアのバールにはないドイツのカフェのよさ。
それは、ずばりカフェ以外の飲み物が充実していることである。
ほかの国ではデカフェをおいていないカフェも多く、困る。

帰省中の日本で、どうしてもコーヒーを飲みたいがデカフェでないとまずいという日、かなり苦労した思い出がある。
あちこち探したがデカフェをおいている場所がみつからない。
4,5軒喫茶店をまわった後、最後に由緒正しいコーヒー専門店の重い扉を開けた。
「カフェイン抜きのコーヒー、おいてます?」とたずねたとたん、怪訝な顔をされてしまった。
たしかに、コーヒーはカフェインあってこそのコーヒーなのかも知れない。
味も風味も劣る。
しかしながら、ドイツにはあるのだ、デカフェはカフェならどこにでも。
カフェと同じように、それは普通の顔をしてその名を連ねている。
ドイツのカフェには、カフェインなしのコーヒーだけでなく、アルコールなしのビールも、ハーブティーもある。
だからいつ、どこで、だれと、どんなときに入っても安心である。

食堂として使えることもドイツのカフェのいいところ。
冷たい食べ物、パンやサンドイッチだけでなく、具沢山のスープや、パスタなどのちょっとしたものも普通はおいている。
昔ながらの日本の喫茶店がそうだったように。
あの、かつての何でもありの空間は、ドイツから輸入したのではないかと疑っているくらいである。
フランスのカフェやイタリアやスペインのバールではカフェはカフェ、軽食は軽食、食事は食事とはっきり分かれていることを考えると、多目的に使いやすい。
客の都合、自由に任されている空間だ。

「朝食」メニューが充実していて午後でもゆっくり食べられることは、日本にもない特徴である。
レギュラーメニューのいくつかの種類の朝食セットに加え、日替わりランチがあるカフェも多い。
朝早くから、場所によっては夜遅くまでバーとしても使える。
ある古株のべルリンのカフェはめずらしく24時間営業だが、朝食メニューがどれも24時間食べれるという不思議な店だ。
そんなことが可能なのがドイツカフェの面白いところである。
時間が制限され、一人では入りにくいレストランより、安くて気楽に入れるカフェのほうがずっと使い勝手がよい。

かつてドイツのカフェは文化人のたまり場であったという。
カフェはコーヒーを飲むための場所以上であった。
同業者の情報交換の場であったり、たとえばもの書きの仕事場になったり仕事の契約の場所となったりと、フリーランサーたちはオフィスを構える代わりに、カフェの一角をオフィスがわりに使っていた時期があった。
かつての住環境の悪さ、せまくて、寒くて、汚くて、居心地が悪いという時代に、当時は自宅よりも過ごしやすいカフェに居すわった人が多かったという。
そういう歴史があったから、ドイツのカフェは滞在型として定着してきてきたのかもしれない。
回転の速さ、という経営テクニックなどとは無縁なのだ。
いちど腰を下ろしたら根が生えてしまうカフェがとても多い。
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忙しい現代人にとっては、なかなかそうゆっくりしていられないといえ、ここ最近はワイヤレス・ランのカフェも普及してきて、一人当たりの滞在時間がさらに延びてきた感のするカフェがベルリンには多い。
高級ホテルや新幹線(ICE)内のビストロ・カフェでもない限り、「追加でなにかお飲み物はご入用でしょうか」などということはいってこない。
カップに少しでも飲み物が残っている限りは、絶対にそんな野暮な質問をして客の居心地を悪くするような失言はしない。
とくに、ベルリンにはお財布の中身がコインだけの人も少なくなく、台所事情が切実であるから、追加注文などと余計な心配をすることは無責任なことでもあるのだ。
だからめずらしく意味深に勧めてくるときは、お会計のときに、
「これは私が申し出たのだから、私からのプレゼント」
といってお金を払わせてくれない。
そんなこともある。

カフェでは、デカフェやハーブティーにも、
カクテルバーでは、ノンアルコールのカクテルにも、
クナイペでは、アルコールフリーのビールにも、それぞれにちゃんと市民権があるドイツ。
よそ者でもなんとなく落ち着けるのは、案外そんなところに理由があるのかもしれない。
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by sommergarten | 2008-11-23 18:38 | cafe

Yesterday and today

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11月特有の、灰色の重苦しい空から降り続ける雨。

気がつくとみぞれになり、
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のち、雪の今日。
そして快晴。

ひとの幸せはお天気次第、とはなるほどと思う。
さっそく手のひらサイズのミニ・雪だるまをつくって冷凍庫に保存。
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by sommergarten | 2008-11-22 01:28 | Daily life

私の家族

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几帳面なのか、大胆なのか。
立ち止まって考え込んでいる間に、こどもはぐんぐん成長していく。
そしてその成長を目のあたりにして、はたと気づくことも多い。
あるときはじりじりと鳴り響き、ときどきピッピとやさしく目を覚まさせてくれる。
私のかわいい、人生の目覚まし時計でもある。
今日はそんな娘の誕生日。
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by sommergarten | 2008-11-14 20:23 | Daily life

決断とは…

ある人はいいました。

「うう~ん。何かを切り捨てることだと思う」

別の人は別の場所でこういいました。

「そうだなあ、もう後戻りできないってことかな」

7年前の私は言いました。

「思いきり。それだけよ」

7年前の夫は言いました。

「貫くこと」

そうして7年たって、また自分に問いかけています。

振り返らざるを得ない状況を得てわかったことは、

「思いきり」は「貫く」支えがあってこそ、今日まで生きてきたということ。

7年後の今の自分はもう「思いきり」だけでは前へ進めないような気がするし、

行き当たりばったりにがんばるだけの年は過ぎ、ただ突き進むだけでは何も達成なんてできないと思う。

目標をしっかり定めて、それに向かって努力し続けることが誰の人生にも必要なのでしょう。

目的意識、努力、継続。

自分には関係ない、無理と、うまく避けて通ってきたような気がするこれらのことば。

表向きは、思いきりと勇気だけできたるべきものへ臨み、どんぶり勘定だけでやりくりをしてきた今日までの人生。

何も悔やむことはないけれど。

ないとは思いつつ、今日までの自分を戒めながら思いつめていると運ばれてきた、これ。

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え?

思わず眉間のしわが伸びました。

そして、カフェに向かって微笑んでしまう一人客発生。

しかしこれはないでしょう。

いままで30回はこのコーヒーを飲んできましたが、雲のおばけみたいなこんなけったいな格好をしている泡にはいままでお目にかかったことがありません。

なんだかカフェに一生懸命おどけて見せられてはげまされた気分。

いつにもましておいしいコーヒーを味わいました。

そして。

あらためて「決断」とは。

過去も今もかわらず、私にとっては、それはやはり「思いきり」に変わりなく、

しかし、7年後の今の自分にとっては「それだけ」ではなくなりました。

その代わりに、「そして自分で責任を取るということ」という但し書きをつけます。

今のあなたにとって「決断」とは何ですか。
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by sommergarten | 2008-11-09 11:31 | Daily life